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もみじケアコラム

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”もみじケアっこだよりR3年3月号”より

2020-08-03

女性蔑視発言で退任に追い込まれた元総理大臣の元会長。この騒ぎをみなさんはどのように見られましたか?私は、この間違った考えがヘルパー不足につながっているのだなと思っています。どういうことか述べてみます。

女性の社会進出がなかなか進まないと言われて久しいですが、なぜでしょう。それは古来より続く女性蔑視の根深い考えを変えたくない人々が今でもたくさんいるからです。その代表的なのが元会長でありますが、国会議員の中にもたくさんいるのです。女性は守られるべきという建前とは裏腹に、世の中は女性の社会進出に不利な制度や仕組みがたくさんあります。例えば扶養制度。妻は家庭で家事と子育てをしていればよい。夫は社会に出て仕事をして給料を稼げばよい。妻が家庭にいるのなら税金を優遇してあげましょう。というふうにも考えられます。

そこから見えてくるのが、家事の軽視です。家事ほど大変な仕事はないでしょう。それをほとんどの場合女性が無給で黙々とやっています。誰からも感謝もされずに。私は身体介助より家事援助のほうが余程大変だといつも言っています。だからもみじケアでは身体と家事で時給に差を設けていないのです。

家事についての価値観を世の中が変えていかなければ、ヘルパーを目指そうとする人が増えるわけがないのです。そういう意味で日本にはヘルパーが増える土壌が少ないのです。残念ながら今後ますます介護保険制度の中でヘルパーの家事援助は冷遇されていきそうです。ヘルパー不足への対策に逆行して制度は悪化の一途を辿っていくでしょう。今こそ立ち上がれ女性のみなさん!世界は女性を中心に回っているのだ!

(私は男ですが、話は長いほうです…。)                                                        

                                          吉村 隆裕

”もみじケアっこだよりR2年8月号”より

2020-08-03
「怒りをパワーに」
私はいつも仏のようだと言われていますが、(えっ?違う?笑)とんでもない!私はいつも怒っています。どんなことにも怒ります。どんな人にも怒ります。「怒る」という字は「おこる」とも「いかる」とも読めます。私は時々「おこって」いるのも確かですが、「いかって」いたいのです。
「おこる」と「いかる」の意味で共通のものは、「腹が立つ」これも必要な気持ちです。
更に「いかる」だけは他にも意味があって、
・力んだ荒々しい形状があらわれる。かどばる。かど立つ。
・はげしく勢いづく。荒れくるう。
・水面がもりあがり、水があふれる。
どうでしょうか。いずれも勢いのある荒い印象の意味です。
機械が動くのに燃料や電気がいるように、人間が動くのにも何か原動力が必要なのです。それは何?みんな言いそうだなぁ。「ごはん!」って(笑)。それも必要ですが、そうではなくて人間には心があるのですから。
私の信念です。“心が動けば身体が動く”
心には形がありません。フワフワとしたものです。でもその心に人は支配されています。元気でいるためには心に火をつけることができるものが必要です。それは私にとっては「怒り」なのです。「怒り」を原動力に私は動いているような気がしています。それでもみなさんの原動力は「ごはん!」でしょうか?(笑)
                                                         吉村隆裕

”もみじケアっこだよりR2年7月号”より

2020-07-01

~センス~

我々の仕事でもセンスが有る無しは大きいと感じる。一言では難しいけれど、匂いを感じる力とでも言おうか。そしてそれを支援の形にしていく実行力。強引でもなく、流れにまかせるでもない。ひょうひょうとしてそれをやってのける。でも、きっとそれには裏打ちされた知識と経験と思考力、表現力、人間力とでも言うべき能力を磨いた人に備わるものなのだろう。そういう人ほど日頃からの努力を怠らないものだ。センスは磨けば光るし、磨かなければ曇ってしまう。自分や他人を評価する時間があるくらいなら自分を磨く努力をする私でありたい。

吉村隆裕

”もみじケアっこだよりR2年6月号”より

2020-06-01
廿日市の桜もどこも満開になってきました。本来ならさくらまつりや各地でお花見など春を感じる楽しい季節のはずなのに、こんなに寂しい気持ちの桜を見ることになろうとは誰が予想したでしょう。
新型コロナウイルスの世界的なまん延のニュースを毎日見るたびに思うことは、この世に預言者などいないということ。未来が見えるなんて能力は人間には備わっていないのだ。昨年末に『日本の論点2020』という本を買って読んでいたがその本の中にはコロナのコの字も書かれていない。やれ、2020年の株価は上昇するだの、東京オリンピックによる経済への影響だの、今となっては予想大外れの本になってしまった。もう続きは読まないだろう。
また、怖いのはこういう時に人は正しいであろう行動がなかなかとれないということ。マスクさえしておけば大丈夫と手洗いうがいを怠り、デマに踊らされトイレットペーパーを買いあさり、外出を自粛するよう要請されても夜の街に出かけている。まさか自分だけはかからないだろうという慢心や自分のところさえ満たされていればいいという自己中心的な考えが至るところに見られる。国で言えば自国第一主義みたいなもので、自分さえよければの考えが現代社会の中では主流になってしまっている。トランプ大統領を批判しながらもトイレットペーパーを買いあさった人がいるとしたらおかしな話である。
人類は今までも梅毒、結核、コレラ、エイズなどの病気に勝ってきた。今回もきっと治る病気になるに違いない。そうなるまで一人でも犠牲者を少なくする努力をしなければならない。一人ひとりが問題を自分のことと捉えて、自分が被害に合わないのではなく、自分が被害を与えてしまわないように意識して行動したいものである。
「(もう)だいじょうぶだぁ!」と言える日が早く来ますように。
吉村隆裕

”もみじケアっこだより10月号”より

2019-10-01
「心が動けば体が動く」
人に何かをしてほしいと思うとき、どうするかなぁ。何をするかなぁ。
学生の頃を振り返れば、好きな人の気を引きたい一心でプレゼントを渡してみたり、マメに電話をしてみたり、身だしなみにも気を付けて鏡とにらめっこしたり。そりゃあもう一生懸命努力したものです。それでもその努力が報われるかというと撃沈の連続。自分の何が悪かったのかと自問しながら大した改善策もなく、また同じような無駄な努力をしていたものです。みなさんにも同じような経験はきっとあるはずですよね。
今この仕事に就いて思うのは、対人援助のキモである信頼関係を築くコツは、まさに当時のなんとか気を引こうと努力していたあの気持ちを持つことなのではないかということです。
人の心を開こうなんて、やっぱり簡単にはいかないですよね。自分が心開いてないのに相手が開いてくれるわけがない。まずは自分からでしょうね。汗かかなきゃいい仕事なんてできっこない。
また、何かしら行動を起こして(起こそうとして)いる人は、心はすでに動いているのだから、それを真っ向から否定されれば腹も立つし、褒められれば喜ぶし。
問題行動に見えるようなことでも、それには本人なりの意味があることだからプライドを傷つけないようにそっといなして。対応が上手な人って、そのあたりが何とも嫌味がなく、しかも絶妙なタイミングで、さも大したことではないかのような顔をして、スッとその場を決めちゃうんだよなぁ。
スマホがあれば家に居ながらなんでもできてしまう世の中になったけど、やっぱり心動かして体動かしてアクティブにいかなきゃ、そこに感動やドラマは生まれないよね。
吉村隆裕
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